憲法改正意欲表明の違和感
憲法改正について、賛成反対色々な意見があるでしょう。
その中で違和感を感じる点を書きたいと思います。
総理大臣の表明
歴代総理が時折憲法改正の意欲を表明します。
現、岸田総理もその一人(2024/4/5現在)
この総理大臣の意欲表明に違和感があります。(この違和感は変えるな。とか不利益を押し付ける気だな。などと言う事ではありません)
と言うのも
とあります。
総理大臣は 国会議員でありかつ 特別職の公務員の立場でもあります。どちらの立場で物を言っているのかがはっきりしません。
改正において憲法には総理大臣の事など1文字も出てこないのです。
国会法による発議の方法
国会が発議するって言ってもどうやって発議すんの?と言ったことは憲法には規定がありません。
それを規定する条文があります。
それが国会法68条の2以下です
通常の法案提出権は20名からですから非常にハードルが高いです。
やはり国会議員の賛成をもとに総理大臣は関係ありません。
せいぜい内閣に通知する程度です。
国民の代表者が決めるのではなく、国民の代表者が原案を作り国民が決めるんです。原案は国民が何を思いその人物に投票したかが現れます。改正を望まなければそんな話は出ても来ません。
総理大臣を行政権のトップと見れば、あなたは関係ありませんとなります。
我々の中にあるぼんやりとした思い違い
国民の側にも大きな思い違いがあると考えています。
憲法改正と言うと、議員に決められて権利が侵害されるに決まっている。と思っている人が多いのではないかと感じます。
あくまでも原案を承認するかしないかは国民の投票の結果なんですが、そこが食い違っています。
これ行政権は基本は関係ない話なんですね。せいぜい選挙管理委員会(総務省)が選挙管理する程度です。
主権はどこにあるのか
行政権のトップと見れば越権している総理大臣
決めるのは議員と思い込んでいる国民
国民の意識を変えるのは難しいでしょうが、主権は国民に在るという事を忘れている国民が、それを思いだす事は可能でしょう。
現実の問題
今、現実の問題としては行政と立法が近すぎるという事かもしれません。
立場のロープを右に降るか左に降るかでどちらの立場をとる事も出来ます。
時折補欠選挙等で総理大臣が応援演説なんてやってますね。一般職の公務員には政治活動に制限があります。特別職の公務員は別です。
しかし、警備等に警察機構を使います。過去にはヤジに関する警察の介入もありました。
これは一政党が勢力拡大のために警察機構を私兵化し公金を使っている事と同意ではないかと感じています。
この辺りにもこの行政と立法の近さを感じる点です。
現実には道路規制や場所の問題に行政が秩序維持や安全を理由に恣意的に許可の可否を下すことが可能です。
そして期日がある案件は不服申し立ての利益の関係で早い時点で申し立てが出来なくなります。
憲法改正意欲の表明の違和感が行政と立法の近さに対する違和感と重なります。
今ならまだ主権は国民にある。と言う事を思い出すことが出来るのではないでしょうか。
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